工作機械と生産手段のデジタル化から見えるもの

 今回は日本における工作機械の生産・受注の現状を分析することで、部品製造業の苦境の構造の一端を解き明かしたい。ところで工作機械とは何か?言葉としては多くの人がご存知であろうが、説明できる人は少数であろう。

 我々が使用する自動車やパソコン、冷蔵庫、携帯電話、時計のような機械、システムキッチン、アルミサッシ、ドア、ボールペンといった器具は多くの部品から構成される。例えば、自動車は2万点を超える部品が使われる。鉄で作られる部品の多くは金属の板や角材や丸棒などを「削る」ことによって作られる。その「削る」作業に工作機械が使われる。

 

 工作機械は日本の基幹産業のひとつであり、ドイツと並び世界的に競争力が高い。工作機械は製造業の設備投資に伴って購入されるため、景気の影響をダイレクトに受ける。そのため不景気になった瞬間、受注に急ブレーキがかかる。下記の日本の工作機械産業の受注総額や主要メーカーの売上高から大きなアップダウンが分かる。森精機の売上高は、1,021億円('91年) ⇒ 455('94) ⇒ 1,047('98) ⇒ 638('03) ⇒ 2,022('08) ⇒ 664('10)、と高い山と低い谷を行き来している。品質、加工内容により工作機械の価格レンジは広いが、1台平均1,700万円前後と言われている。

出所:工作機械工業会資料から作成
出所:工作機械工業会資料から作成
出所:二社の公開資料から作成
出所:二社の公開資料から作成

 以前は内需中心であったが、現在は7割が外需、その中でも中国の伸びが著しい。米国、EUから中国、ASEANへと比重が移っている。2010年以降、受注が急回復しているが、中国の貢献度は高い。

出所:工作機械工業会資料から作成
出所:工作機械工業会資料から作成
出所:工作機械工業会資料から作成
出所:工作機械工業会資料から作成
出所:貿易統計から作成(貿易統計上の金属加工機械のため工作機械以外も含まれている)
出所:貿易統計から作成(貿易統計上の金属加工機械のため工作機械以外も含まれている)
出所:工作機械工業会資料から作成
出所:工作機械工業会資料から作成

 統計データによって指摘したい別の点は、現在生産されている工作機械の90%前後が、そして輸出額の80%がNC工作機であるという事実である。NCとはNumerical Controlの略であり、数値制御ができる工作機械を示す。NC工作機は簡単に言えば、職人が機械の調整や位置あわせをしたり、刃物を選択したり、仕上がりを確認したり、といった工程を必要としない。プログラミングによって機械に指令を与え、細かな調整は機械が行う。いわゆるIT革命の恩恵を存分に反映している現在の工作機械は、超ハイテク製品なのである。そしてこのハイテク製品によって中国をはじめとした東・東南アジアは世界の生産基地として大きく経済繁栄し、一方で日本の製造業の苦境の一因ともなっている。

 

 以前の日本の町工場を想像してほしい。工場で機械を操るオペレーターや監督者はいわゆる「職人」であった。機械の調整、工具選び、位置あわせ、仕上がり精度の確認といった知識、ノウハウは経験や工夫により蓄積されてきた。その技術の蓄積の結合体が日本の高品質な完成品だったのである。

 

 しかし現在は、国や会社、個人に技術の蓄積がなくても、つくれる時代である。その一端を最新鋭の工作機械が担っている。現在の工作機械は、職人の依存する割合が小さい。多くはプログラミングの世界である。それに加えて、3DCAD/CAMのデータを流し込めば、その通りの部品が出来上がる。これが「生産手段のデジタル化」である。

 

 そのことにより、相対的に日本の職人の労働価値が低下してしまった。属人的に個人が持っていた技術やノウハウは形式知化され、機械がある一定レベルをプログラミングによって代替してしまう。一定レベルの部品がアジアにおいて低価格生産できれば、グローバル経済下では、同じ価値のものはその価格に引っ張られる。それが日本の部品製造業を苦しめる「部品のデフレ化現象」である。

 

 現在、ニュースが伝えるのは加工食品、衣料品や家電製品のデフレ化であるが、それよりも厳しいレベルで部品のデフレ化は進んでいる。海外で低価格の部品が生産されれば、激しい競争環境下では国内完成品メーカーもその部品を使わざるを得ない。結果として、日本から海外に輸出される部品が減少する一方、海外生産された低価格部品が日本に大量流入した。それらの部品の多くは日本の工作機械、あるいはそれらをコピーして作られたものである。そして海外低価格部品との競合により、多くの中小製造業は廃業・破綻に追い込まれている。20~25年前に大手チェーン店に駆逐された零細小売店のように、中小零細製造業が生きていくための市場は大きく縮小し、そしてその価値が認められにくくなったのである。

出所:貿易統計から作成(単純計算のため品質や為替の影響を考慮していない)
出所:貿易統計から作成(単純計算のため品質や為替の影響を考慮していない)
出所:貿易統計から作成(単純計算のため品質や為替の影響を考慮していない)
出所:貿易統計から作成(単純計算のため品質や為替の影響を考慮していない)
出所:貿易統計から作成(単純計算のため品質や為替の影響を考慮していない
出所:貿易統計から作成(単純計算のため品質や為替の影響を考慮していない
出所:中小企業白書(2010年版)
出所:中小企業白書(2010年版)

 以上のことを考慮すれば、20年前のように日本の強みである「ものづくり」がまた復活する、というような幻想や夢物語が実現する可能性は低いと言える。日本の強みである職人ワザの価値が下がり、機械がマネできないような超職人ワザのみに仕事がある、という状況にあるが、そういったワザこそ、若者や後輩に伝えることが難しい分野である。職人ワザは参加する人が多いことによって、一定数供給されてきた事実を見過ごしてはならない。以前と比べて一般レベルの職人ワザの価値が低いため、それを目指す人々は減る。中小製造業の廃業の増加を考慮すれば、ワザを磨く場所も減る。そして現在、職人の多くを担っている世代は60代後半~80代である。もはや継承できる時間も場所も仕事もないし、継承したい人も少ない。

 

 製品自身のデジタル化や国際標準化、法制環境、企業の戦略などの「生産手段のデジタル化」以外の要素も組み合わさって、現在の企業環境を作り出しており、上記のようなことはある一面を捉えたに過ぎない。それでもなお、それが「生産手段のデジタル化」が表現する一つの意味である。

 

 工作機械は元々、職人の作業を効率化し、品質を高めるサポートをするものであった。それがデジタル化、グローバル化のメガトレンドによって、工作機械自身が職人の仕事の一部を侵食する。一方で工作機械はアジアの発展に大きく貢献し、多くの雇用を作っている。グローバルに考えれば、工作機械の発展は世界経済に大きく貢献している。また工作機械によって、日本の海外法人が低コストで日本と変わらない品質を現地のオペレーターを使うことで実現させている。そのことは日本の製造業の競争力強化に貢献している。

 

 しかし超ハイテク工作機械はその優れたパフォーマンスによって、中国をはじめとした新興企業の「ものづくりレベル」を大きく向上させ、日本との差を「あっ」という間に埋めてしまった。台湾や韓国の半導体製造企業が日本の半導体製造装置を使って、日本の半導体産業を駆逐したのと同じ構造である。日本の製造業が持っていると思われていた技術、ノウハウの多くは消えようとしている。なんとしても消さない努力が政府、企業、個人に求められている。

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